木造迷宮 アサミ・マート作

木造迷宮
作者:アサミ・マート
掲載:月間COMICリュウ
期間:2006-2014
巻数:全12巻
評価:★★★★☆
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アサミ・マート作の『木造迷宮』は、月間COMICリュウで2006年から2014年まで連載していた昭和の素朴ながら美しい日常を描いた漫画作品。

売れない小説家とその女中の他愛のない日常、そして二人の互いを想い合う暮らしがその機微も含めて丁寧に描かれた物語である。


導入

世間の片隅で
三文小説を書いて暮らしている
そんなボクの家には
よく出来た女中さんがいる
売れない小説家である柴谷広一(コーイチ)は、30を超えた独身男にはもったいない、若くよく出来た女中・ヤイと共に暮らしていた。

二人が暮らす二階建ての古い木造民家で、その日も、コーイチは昼夜の別なく小説を書き続ける。

夜通し書き続けたコーイチは、正午の時計の知らせで腹が減っているのに気づき、一階に下りていく。

居間には、ちゃぶ台に突っ伏して寝ているヤイにこれまた寝ている猫。そしてちゃぶ台には朝食らしい品が手を付けずに用意されてあった。

昨夜、夜食をヤイに用意してもらったことを思ったコーイチは、ヤイには苦労をかけているなと考えながら、居間に座り込みヤイが目覚めるのを待った…。

ヤイが目覚めると、傍らには座ったまま寝入っているコーイチと猫。寝てしまった、掃除も途中、布団も入れなきゃ、とヤイは起きだす…。

夕方6時の知らせだろうか、時計のボーンという音でコーイチは目覚める。ヤイはどうしたと、部屋を見渡すと、居間の縁側に布団に突っ伏して寝入っているヤイと2匹の猫が目に入る。

布団をしまいかけて寝てしまったのだろうか、気持ちよさそうに布団に顔をうずめるヤイを見てコーイチは思う。ヤイを眺めながら、コーイチはまた眠気が降りてくるのを感じる…。

夢うつつのコーイチは、気持ちよさと微かに香る石鹸に匂いに気づく。パッと目を開けると、目の前にはヤイの膝があった。コーイチは自分がヤイの膝の上で寝入ってしまったことに恥ずかしくなった。

そんなコーイチに、今日はお仕事何もできなかったから膝枕くらいは、とヤイは言う。

こうして、二人は共通のときを過ごしていく…。

以下はネタバレ注意。


あらすじ

コーイチとヤイは、まるで仲睦まじい夫婦のように日々を送る…。

そんな折、コーイチはヤイの心ここにあらずといった様子に動揺する。ヤイに想い人でも出来たのだろうか、そう思ったコーイチは悪いと思いつつもヤイの後をつけてしまう。

かくして、その先にいたのは子犬だった。ヤイの恋の相手が子犬ならとほっとしたコーイチは、ヤイに家で子犬を飼うことを許す。コーイチは犬が大の苦手だったけれども…。

ある日、家に若い女の子が訪ねてくる。ミカネというその女の子は、教員をしていたコーイチのかつての教え子で、自転車で旅行しており、コーイチのことを聞いて訪ねてきたのだった。

幾日かコーイチの家に厄介になったミカネは、穏やかなコーイチたちの暮らしに賑わいを添える。そして、コーイチが教員だった頃の思い出をヤイに置いて、また旅立って行った…。

ヤイとコーイチの出会い

三年。ヤイがこの家に女中として来てから、三年の月日が流れていた。ヤイにとって、この家に来たときのこと、そしてそのときのコーイチのことはヤイの大切な思い出だった…。

ヤイは、コーイチの従妹であるサエコにこの家に連れてこられた。そもそもこの家は、サエコが物件の維持のためにコーイチに貸していたものだったが、男やもめのコーイチが家を綺麗に手入れしているはずもなかった。

そしてその日から、ヤイはこの家の住み込みの女中として働くことになる。

しかし二人の空気は、初めの頃、ギクシャクしたものだった。長く独り者のコーイチは、女性への接し方が分からなかったし、女中として家に入ったヤイにとって、コーイチは旦那様であり一歩引いて仕えるべき人であった。

しかしコーイチは、ダンナさんと一緒に食事するワケにはと、台所で一人食事をとるヤイを見ていられなかった。そしてコーイチは、一組の茶碗と箸をヤイに使ってくださいと渡し、食事は一緒にとりましょうとヤイに伝える。

しかしヤイの心には、本当にいいのかなという気持ちがあった。しかしコーイチの、一緒に食べればよりおいしいという言葉に嬉しさを感じ、そんな気持ちも霧散するのであった…。

そして三年たった今でも、茶碗を見るたびに、ヤイはそのときのことを思い出すのだった…。

ヤイの過去

いくつも山を超えた田舎の、何人も女中を抱える大きな屋敷の前に捨てられていた子、それがヤイだった。ヤイは、屋敷の女中たちによって育てられ、7歳には半人前ながら働き手となっていた。

普通の子供達とは少し違う幼少期を過ごしたヤイだったが、ヤイは不幸ではなかった。屋敷の女中たちには厳しくも可愛がられ、大旦那様には読み書きを教わり、そして大旦那様が褒めてくれた時はそれは嬉しく感じたものだった。

しかし、ヤイが一人前の女中となった頃、大旦那様は亡くなってしまう。そして、身寄りのなかったヤイには行き場はなかった。それを拾ったのが、仕事で屋敷を訪れたサエコだった…。


感想

戦後の復興が本格的に始まった東京オリンピック前後の頃が舞台でしょうか?

その時代を生きていない自分には、その時代のリアルな空気感はわかりません。しかしこの作品を読むと、大正の文豪の作品を読んだ時に呼び起こされる空気感と共通するものが感じられます。

そんな、巷に氾濫するどの日常系漫画とも異なる風情をもった物語です。

しかし、本作品一番のキラーコンテンツと言えるのはやはり、女中・ヤイの存在です。

ヤイは様々な人々との出会いと助けによって生きてこられたからか、何気ない日常と隣人の全てに感謝の気持ちを持って生活を送ります。

そして、孫ほども歳の離れた大旦那に奉公するという幼少期を送ったヤイは、人に尽くすことそれ自身が人生の目的であるかのように暮らしていきます。

またヤイの愛は尊敬という形で表れ、コーイチの著作を読むために読み書きに励む姿は健気で、胸が熱くなります。

そんなヤイは、まさに男性たちが求める理想的な女性のかたちではないでしょうか。
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